バングラデシュの繊維産業の発展

世界有数の衣料品輸出国への軌跡

 

はじめに

バングラデシュは現在、世界で第2位の衣料品輸出国として国際的な地位を築いています。この地位は、長年にわたる産業政策、国際市場への適応、労働力供給の優位性、そしてグローバルブランドとの提携を通じて獲得されたものです。本稿では、バングラデシュの繊維産業がどのように発展してきたのか、その歴史的背景、成長要因、課題、そして将来展望に至るまでを包括的に考察します。

 

1節:繊維産業の起源と基盤の形成(1970年代~1980年代)

バングラデシュの繊維産業の起点は、独立直後の1970年代にさかのぼります。当時の繊維業は主に国内向けの綿製品生産が中心で、規模も小さく、輸出産業としてはまだ黎明期にありました。しかし、1974年に発効された多国間繊維取極(MFAMulti-Fibre Arrangement)により、先進国が途上国からの繊維輸入に制限を課す中、バングラデシュは制限枠の恩恵を受け、低コストの生産国として注目されるようになります。

さらに、1980年代初頭には韓国の大手企業「大宇(Daewoo)」とバングラデシュの「Desh Garments」との技術提携が成立し、先進的な生産管理・縫製技術が導入されました。この提携はバングラデシュ初の衣料品輸出の成功例となり、多くの模倣企業が国内に登場する引き金となりました。

 

2節:急成長期と輸出主導型経済の形成(1990年代~2000年代)

1990年代に入ると、繊維産業は急速な拡大を遂げます。欧米を中心としたバイヤーがバングラデシュの低コスト生産に注目し、ZARAH&MGAPなどの国際ブランドが調達先として同国を採用するようになりました。

この時期、政府も産業支援策を積極的に講じました。例えば、次のような措置が講じられました:

- EPZ(輸出加工区)の設置:税制優遇や土地提供など、外資誘致のための措置が取られました。
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銀行による低金利融資の整備:輸出業者への運転資金支援。
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女性労働者の雇用拡大:社会的制約を乗り越えた女性たちの大量雇用が進み、ジェンダー平等への布石ともなりました。

2000年代には、既製衣料品(RMG: Ready-Made Garments)輸出額が年間100億ドルを超える水準となり、バングラデシュ経済における柱の一つとなりました。

 

3節:2010年代以降のグローバル競争と品質転換

2010年代は、バングラデシュの繊維産業にとって転換点となりました。一方で、中国などの競合国における人件費上昇により、相対的な競争力を維持できた一方、国際的な品質・安全性への要求も高まります。

特に2013年の「ラナプラザ崩落事故」は世界的な注目を集め、労働安全・環境配慮の重要性が強く認識されるようになりました。これに対応する形で、国際ブランドやNGOによる安全基準監査(ACCORDALLIANCE)が導入され、多くの工場が建物の耐震改修、火災対策、労働環境改善を行いました。

また、エコ素材やリサイクル素材への関心の高まりに応じて、持続可能なサプライチェーンへの転換も進み、LEED認証(環境性能の高い建物認証)を取得した繊維工場数では世界トップを誇るようになります。

 

4節:コロナ禍と回復、そして成長の加速(2020年代)

2020年のコロナ禍は、繊維産業にも大きな打撃を与えました。海外からの受注キャンセルやサプライチェーンの寸断により、一時的に数百の工場が閉鎖、数十万人の労働者が職を失いました。

しかし、2021年以降の回復は急速で、eコマース市場の拡大や北米・欧州市場の需要回復により輸出額は過去最高を更新。2022年度の既製衣料品輸出額は420億ドルを超え、2024年には500億ドルに達する見通しとなりました。

この回復期においては、以下のような新たな動きが見られました:
- ICT
との融合:生産ラインの自動化、在庫管理のデジタル化が進展。
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スキル開発:職業訓練校や大学による繊維技術教育の拡充。
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国内外投資の促進:中国や韓国、トルコ企業による現地工場設立。

 

5節:現在の課題と将来展望

バングラデシュの繊維産業は飛躍的な成長を遂げてきた一方、今後の持続的成長に向けては以下のような課題に直面しています:

【課題】
1.
単一品目依存:輸出の約80%以上がRMGに集中し、原料供給・加工品の多様化が必要。
2.
ロジスティクスの脆弱性:港湾混雑、道路インフラ未整備がコスト高の原因に。
3.
電力・ガス不足:工場運営に影響を及ぼすエネルギー供給問題。
4.
人権・労働環境への監視強化:国際社会からのCSR要請の高まり。

【将来展望】
-
垂直統合型産業構造の構築:糸・織布・染色・縫製を一貫して国内で行う体制へ。
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高付加価値商品の開発:ファッション性・機能性を持つプレミアムラインの強化。
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新市場の開拓:従来の欧米市場に加え、アジア、中東、アフリカへの展開。
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環境配慮型産業への転換:ゼロエミッションやカーボンニュートラルの追求。

 

結論

バングラデシュの繊維産業は、単なる労働集約型から技術・品質・持続可能性を重視する産業へと進化しています。過去15年間で3倍以上に輸出額が増加した背景には、労働力の強みだけでなく、外資導入、制度改革、グローバルな品質要求への柔軟な対応がありました。

 

今後は、経済の多様化と持続的成長を見据えた産業構造の高度化が鍵となります。バングラデシュは、安価な縫製基地から、持続可能で革新的な繊維産業国への道を着実に歩んでいるといえます。