バングラデシュ人が日本語を覚えやすい理由

〜言語構造・文化・環境の多面的な親和性〜


 

第1節:はじめに——日本語を学ぶバングラデシュ人の増加

近年、バングラデシュから日本への技能実習生や特定技能外国人の送り出しが加速しており、その中で特筆すべき現象の一つが「日本語習得の早さと正確さ」です。実際、多くのバングラデシュ人が日本語能力試験N4以上のレベルに短期間で到達し、現場でのコミュニケーションにも十分に対応しています。

この背景には、彼らの学習意欲だけではなく、言語構造・文化的素地・学習環境・教育制度の特性といった多様な要素が重なっています。本稿では、バングラデシュ人が日本語を覚えやすい理由を体系的に解説いたします。


 

第2節:文法構造の類似性——語順と助詞感覚の一致

ベンガル語(バングラ語)と日本語には、**語順(SOV:主語→目的語→動詞)**の共通性があります。たとえば、

  • ベンガル語:「Ami cha khai(私はお茶を飲む)」

  • 日本語:「私はお茶を飲む」

このように、両言語は動詞が文末に来る構造であり、語順を自然に受け入れられるため、日本語文法に対する違和感が少なく、初学者にとって入りやすい言語です。

さらに、ベンガル語には「ke(〜を)」「theke(〜から)」など、日本語の助詞に相当する要素も存在し、意味の関係性を助詞で表す感覚が母語にも備わっていることが、日本語の助詞習得に大きく貢献しています。


 

第3節:「ある/ない」の概念的・音韻的な近似

日本語の「ある(存在する)」「ない(存在しない)」という基本的な表現は、ベンガル語ではそれぞれ**「ache(アチェ)」「nai(ナイ)」**と表現されます。

  • ベンガル語:「Boi ache.(本がある)」「Boi nai.(本がない)」

  • 日本語:「本がある」「本がない」

このように、日本語と同じ意味を持つ語彙が、音としても非常に近い形で存在しており、しかも日常会話で頻繁に用いられるため、日本語を学び始めた初期段階からスムーズに使いこなせる語彙となっています。

こうした「単語の音と意味が直感的に一致する例」が複数存在することは、語彙の定着と使用の自信を早期に育むうえで極めて重要です。


 

第4節:発音の近さと音への感受性

日本語とベンガル語の母音体系は非常に似ており、どちらも基本的に5母音「あ・い・う・え・お」に対応する音を持っています。子音に関しても「k」「t」「n」「m」などの基本的な音が共通しており、発音上の障壁がほとんどないことが、日本語の聴解・発話能力向上を加速させています。

加えて、バングラデシュ人は多言語環境で育っていることが多く、耳で言語を覚える能力が非常に高いという特性があります。小学校ではベンガル語と英語を併用し、宗教教育ではアラビア語、地域によってはウルドゥー語やヒンディー語にも接触しており、異なる音を聞き分け、正確に模倣するスキルが自然と育成されているのです。


 

第5節:多言語環境と耳からの学習能力

前節にも触れたとおり、バングラデシュは典型的な多言語社会です。都市部では英語やヒンディー語を聞く機会があり、モスクではアラビア語の朗唱が行われ、さらに隣国インドとの交流も活発です。

このような言語環境に育った人々は、言語を視覚よりも「聴覚」で習得する傾向が強く、「聞いて覚える」「聞いて真似する」力に優れているとされています。これは日本語のような音声中心の言語習得において非常に有利に働きます。

また、多言語に触れてきたことで、**「言語は意味で捉える」「言い換えや言い直しに慣れている」**という柔軟な運用感覚が備わっており、多少の文法ミスがあっても通じることを理解し、積極的に話す姿勢が育っています。


 

第6節:敬語文化への共感と適応性

日本語学習において困難とされる敬語表現ですが、バングラデシュには同様の社会的言語階層があります。ベンガル語では「あなた」という言葉に複数のレベルが存在し、tumi(親しい人)、apni(敬意ある表現)などが使い分けられます。

このような文化的背景から、日本語における「です・ます」や「〜でございます」、「おっしゃる」「いたします」などの敬語体系も、概念的にはスムーズに受け入れられ、学習抵抗が少ないとされています。


 

第7節:学習意欲と日本への憧れ

バングラデシュでは、日本の技術力、社会秩序、マンガ・アニメなどの文化的魅力に対して、深い関心と敬意が存在します。「日本で働きたい」「日本で生活したい」と考える若者が年々増加しており、日本語はそのための必要不可欠な手段と認識されています。

このように目的意識が明確で、学習の動機が具体的であることは、語学習得の継続に大きな推進力を与えます。日々の学習が夢へのステップと直結しているからこそ、高い集中力と努力が維持されているのです。


 

第8節:教育機関とカリキュラムの整備

現在、バングラデシュ国内には日本語教育機関が急増しており、たとえばDaffodil Japan ITやGRAバングラデシュのような認定送出機関では、日本語4級までのカリキュラムを導入し、ロールプレイ・模擬面接・特定技能試験対策など、実践的かつ目的志向型の教育が行われています。

これに加え、オンライン教育プラットフォームの整備が進み、地方に住む学習者も質の高い指導を受けられるようになっています。学習者が増えたことで、指導者側も進化を続けており、現地でも日本語教育の質が年々高まっています。


 

第9節:選抜制度と競争による学習促進

バングラデシュでは、渡日前に日本語能力試験(JLPT)やJFT-Basicへの合格が求められることから、日本語教育には一定以上の厳しさが伴います。さらに、送り出し機関や企業からの選抜制度も厳格であるため、「語学力がなければ渡航できない」という現実があり、学習者は皆、必死に取り組みます。

このような競争環境に身を置くことによって、日本語学習のスピードと深度が格段に向上しており、企業側からも「日本語力が高い」と評価される人材が多数生まれています。


 

第10節:まとめ——総合的な言語習得能力の高さ

バングラデシュ人が日本語を覚えやすい理由は、一つの要因だけでなく、言語構造の近さ、音声の親和性、耳で覚える力、多言語に育まれた柔軟性、そして強い学習動機と教育環境の整備といった複数の条件が相乗的に働いています。

とりわけ、「ache(ある)」「nai(ない)」のように、意味も音も日本語に似た語があること、そして日常的に複数言語を聞いて育った経験が、日本語学習の下地を支えています。

 

今後、バングラデシュからの日本語人材はますます質・量ともに向上し、日本社会における重要なパートナーとして活躍の場を広げていくと考えられます