バングラデシュの地理

~デルタの国の自然と地形~

1.国の位置と国土の輪郭

バングラデシュ人民共和国(People’s Republic of Bangladesh)は、南アジアに位置する国です。インド亜大陸の東部、ベンガル湾の北岸に面し、ほぼ全周をインドに囲まれ、東側のごく一部でミャンマーと国境を接しています。南側はベンガル湾に面しており、海岸線は約580kmに及びます。地理的には熱帯モンスーン気候の範囲に属し、豊富な水資源と肥沃な沖積土壌を有する国です。

バングラデシュの国土は東西にやや細長い形状をしており、東西の最大距離はおおよそ約450km、南北の最大距離はおおよそ約760kmとされています。ただし、国境線が複雑に入り組んでいるため、正確な直線距離は場所によってやや異なります。

総面積は約147,570平方キロメートルで、日本の約4割ほどの広さしかなく、国土としては比較的小さいですが、人口密度は世界有数の高さを誇ります。

2.国土の大部分を占めるデルタ地帯

バングラデシュの地形を語る上で最も重要なのが「ガンジス川デルタ(またはベンガル・デルタ)」の存在です。これは世界最大の河川デルタであり、ガンジス川、ブラフマプトラ川、メグナ川という三大河川が形成する広大な沖積平野が国土の大部分を覆っています。

このデルタ地帯は標高が極めて低く、国土のほとんどが海抜数メートルから十数メートル程度の平坦な低地です。南部はさらに低く、潮汐の影響を強く受ける湿地帯が広がり、満潮・干潮による水位変動が大きな地形的特徴となっています。

特に南西部には世界自然遺産にも登録されている「スンダルバンス」と呼ばれる広大なマングローブ林があります。スンダルバンスはインドとバングラデシュにまたがる世界最大級のマングローブ林で、広さは約1万平方キロメートルに及びます。ここにはベンガルトラをはじめとする貴重な野生生物が生息しており、生物多様性の宝庫として知られています。

3.主要河川と水系

バングラデシュは「川の国」と呼ばれるほど、水系が非常に発達しています。主要河川は以下の通りです:

  • ガンジス川(Padmaとも呼ばれる)
     インドから流入し、バングラデシュ国内でブラフマプトラ川と合流します。豊富な水量と肥沃な沖積土を運ぶ生命線的存在です。
  • ブラフマプトラ川(国内ではJamunaとも呼ばれる)
     チベット高原から流れ出し、インドのアッサム州を経てバングラデシュに入り、ガンジス川と合流します。
  • メグナ川
     ガンジス川とブラフマプトラ川が合流した後、ベンガル湾へ注ぐ大河です。河口付近は幅が数キロに達するほど大きく広がります。

バングラデシュ国内には大小合わせて約700本以上の河川が存在するとされ、洪水や川の氾濫が頻発します。これらの河川は人々の生活に恵みをもたらす一方で、洪水や川の流路変更が大きな災害リスクでもあります。

4.三つの地形区分

バングラデシュの地形は、主に以下の三つに分けられます。

(1) 低地平野(デルタ低地)

国土のおよそ8割以上を占めるのが、海抜数メートルから十数メートルの平坦な沖積平野です。特に中部から南部は河川網が密に張り巡らされ、耕作地として利用されています。稲作、特に雨季のアマント米や乾季のボロ米の生産が盛んで、この平野部がバングラデシュの農業の中心地です。

(2) バリンド高地

北西部(ラジシャヒ管区周辺)には「バリンド高地」と呼ばれる、標高2030m程度のわずかに隆起した古期堆積物の台地が広がっています。土壌は粘土質で保水性が低く、乾燥しやすいため農業には不利な面もありますが、灌漑施設の整備で農地利用が進んでいます。

(3) 丘陵地・山岳地

国土の東部には、チッタゴン丘陵地帯(Chittagong Hill Tracts)があり、標高300m900mの丘陵や山地が続きます。最も高い地点はミャンマーとの国境付近にあるケオクラドン山(Keokradong)で、標高は約986mとされています(最新の測定で1,230mという説もありますが諸説あります)。この丘陵地帯は国土全体のわずか1割程度の面積ですが、森林が多く先住民族の居住地ともなっています。

5.気候と自然環境

バングラデシュは熱帯モンスーン気候に属し、気温や降水量は年中高い傾向にあります。おおむね以下のように三つの季節に分けられます。

  • 暑季(35月)
     気温は30℃を超え、蒸し暑くなる季節です。降雨はまだ少ないですが、局地的な雷雨も発生します。
  • 雨季(610月)
     南西モンスーンの影響で降水量が急増し、各地で洪水が頻発します。首都ダッカでも年間降水量の7割以上がこの期間に集中します。
  • 乾季(112月)
     北東モンスーンの影響で乾燥し、比較的涼しい時期となります。最低気温は10℃前後まで下がることもありますが、全般的には温暖です。

国全体の平均降水量は年間約2,200mmですが、地域による差が大きく、東部の丘陵地帯では年間3,000mmを超えることもあります。反対に北西部は比較的降水量が少なく、乾燥しやすい地域です。

6.災害リスク

豊かな自然は同時に災害のリスクとも隣り合わせです。バングラデシュでは以下のような自然災害が頻発します。

  • 洪水
     毎年のように大規模な洪水が発生し、耕地や住宅が浸水被害を受けます。河川氾濫やモンスーン豪雨が主な原因です。
  • サイクロン(熱帯低気圧)
     ベンガル湾で発生するサイクロンが沿岸部を襲い、高潮や暴風、豪雨による大被害をもたらすことがあります。1970年や1991年には数十万人規模の犠牲者が出た歴史的災害もあります。
  • 河道変動
     ガンジス川やブラフマプトラ川は流路を頻繁に変えるため、土地の浸食や河川島(チャール)の出現・消滅が繰り返され、土地所有や居住に深刻な影響を与えています。

こうした自然環境の厳しさは、国の発展にとって大きな課題であると同時に、人々の生活や文化形成に大きく影響を与えてきました。

7.自然資源と生物多様性

バングラデシュは生物多様性に富む国です。南西部のスンダルバンスは、絶滅危惧種のベンガルトラの生息地であり、豊富な魚類や水生生物、無数の鳥類が暮らしています。東部の丘陵地帯には熱帯性の森林が残り、多様な動植物が生息しています。

また、国内には天然ガス、石油、石炭などの地下資源も存在し、近年では海洋経済(Blue Economy)の発展も模索されています。

8.都市と地理的分布

首都ダッカは国のほぼ中央に位置し、主要河川や交通網の交点に発展してきました。人口過密が深刻で、都市圏人口は2,000万人を超えるともいわれます。

南部のチッタゴン(チッタゴン港を擁する)は国際貿易の要であり、東部の丘陵地帯との接点として重要な役割を担います。また北西部のラジシャヒ、北中部のマイメンシン、南西部のクルナなども地域の中核都市です。

各都市は、ほぼすべて河川沿いに発展しており、水運が生活と経済の基盤であることを示しています。

まとめ

バングラデシュの地理は、広大な河川デルタに支えられた豊かな自然環境と同時に、洪水やサイクロンといった災害のリスクを抱えるという二面性を持っています。東西約450km、南北約760kmという比較的小さな国土に、17千万人を超える人々が暮らしており、その国土と水との関わりがバングラデシュの歴史、経済、文化のすべてを形作っているといえます